1歩1歩、確かめるように。
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未知との遭遇

日常

先日、電車内の通路を見たことのない奇妙な虫が這っていた。座っていた僕の前を我関せず無機的に通過していき、向かいに座っていた男性も、その虫が視界に闖入してきたのに気付き、腰を上げてその虫を瞠(みは)るように目で追っていた。僕は視界的画角から、その虫と男性をはみ出さないように捉えていたが、暫くすると男性は諦めたようにスマホに目を戻した。

僕はというと、リタイアした男性をシャットアウトし、その虫(虫ですらないかもしれない)を目で追っていたが、座っていたままでは視界から外れて見えなくなるため、誰に見せる訳でもないのに、体に染み付いてしまった、羞恥を覆い隠す無関心的クールさで持って、中断していた読書に戻る振りをした。なんなんだろう、この物悲しさは。大人になってしまうということはこういうことなのだろうか。

本当は納得いくまでその虫と並走したかった。

発生したまま行き場を失い、彷徨い続けていた好奇心は、やがて、この文章を書く筆力のエネルギー(文章を書く時の原動力の一種、「ナルシシズムやエゴイズム、または支配欲」とも表現できる)に変わった。

学者なら、並走していたんだろうか。

子供のままで。

相変わらず向かいの男性は、すました顔でスマホをいじっている。

あの虫は一体なんだったんだろう。

また好奇心が再燃しようとしていたのも束の間、つい先刻の映像(記憶)の輪郭がぼやけていき、そしてその時感じたはずの感情も、うまく思い出せなくなりつつあった。
そして、全く抵抗不可能なタイミング、いわゆる虚を衝いてきた新たな闖入者の登場により、完全に好奇心は消えてしまった。

向かいの席には、いつの間にか消えていたスマホ男性の代わりに、目を瞠るほどの美貌の女性が座っていた。

僕の内にまた、なにかが燃え始めたのを感じた。