1歩1歩、確かめるように。
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例えば電車内でのマナーのこと~車内は不可解さのオンパレード~

日常

先日のラジオ「スカイロケットカンパニー(TOKYOFM)」で、パーソナリティが、「なんで電車内での携帯電話は不快に感じるのに、同じ車内での乗客同士の会話は同じように不快に感じないのか」というような疑問に対し、とあるリスナーからのリアクションで、
「人は無意識に物事を理解しようとしてしまう生き物で、例えば電車内での電話の場合、片方のみの話ししか聞こえてこず、その話の内容が理解できないことから不快感を抱く」、というような旨の内容のことを言っていた(うろ覚えなので、少々ニュアンスが間違っているかもしれない。ただ、ここではエビデンスはあまり重要ではない。このような考え方を利用し、話を敷衍(ふえん)させたり応用させてりして、色々考えていくことが重要だからだ、でもエビデンスが明確であることにこしたことはないが)。
ただこのリスナーさんはこの話しを、どこかで聞いた気がする、というレベルで投稿しているらしいので、明確な根拠はないらしいが、確かに、不可解さは、不快感を連れてくる気がする。
先日電車に乗っていたら、とある駅で女性が乗ってきた。その女性は、空いている座席に鞄を置き、自分は座らずただ手すりに掴まりスマホをいじるか、辺りを見回すかして時間を潰していた。僕は恐らく次の駅で降りるのだろうと思い、まあいいかと、溜飲が下りない一抹のなにかを喉に残しながら、僕もぼーっと時間を潰した。
しかし、次の駅になってもその女性は降りず、さらに次の駅でも降りなかった。
ただ、そういう人もいると思う。健康のためだったり、もしかすると、枕を濡らしたい夜があるように、電車の座席に座らず仁王立ちしたい朝(その時は朝だった)であったのかもしれない。
ただ、僕の喉につっかえている一抹のなにかは実はそのことではない。
いや、座らないでいること(あと挙動が少しおかしいこと)もそうなのだが、それより、もともと(大本)の原因により、彼女の様子が不可解であることに拍車をかけている、というより、その根本原因により、ある種の不可解色の眼鏡をかけさせられたような、そんな気がする。
彼女が電車に乗ってきた時から僕はその原因をうまく飲み込めないでいた。
彼女は50歳半ばほどで、身長は低く、太り気味の、いわゆるぽっちゃり系女子といったところなのだが、そう、格好が、「女子」然としているのだ。
上の服はあまり覚えていない(ただ可愛い系のピンク色のなにかだったと思う)が、問題は下で(ここが諸悪の根源)、短すぎるほどのミニスカートをお履きになっていることだった。まるで、高校生が寝ている間に30年ほどタイムスリップして、いまだに1度も鏡を見ずに今に至っているそんな感じ。
僕はその少女のような女性の一部始終が理解できず、少し不快な気持ちを抱いてしまった。

またここから少し話しを敷衍させると、「理解できない」、と似たようなニュアンスで、「詳細不明」、「全容不透明」、「情報性に乏しい」などといった言葉を連想し、その言葉の具体例を挙げてみると、
電車に乗り合わせたアカの他人や、話している言葉が分からない言語ユーザー異国人だったり、それに似たもので異文化人もそうだ。
これらの例は、どこかこちら側が身構えてしまう。こちら側がそうであるということは、相手側も同様に身構えている可能性もある。
電車内のアカの他人でいえば、乗客全員が初対面で、情報不足で、勿論詳細不明、全容不透明、不可解極まりない(言い過ぎか)。
だからこそ、電車内でのトラブルも多い気もする(勿論一概には言えないが)。
ほんの少しでも会話をすれば、状況は大きく変わるかもしれない。
また、別の例え話でいえば、道で知らない人と肩がぶつかった時、ケンカが始まるかもしれないが、そのぶつかった肩の人が友人であった場合、にわかに安堵感に包まれ、その後、飲みにいくことだってあるかもしれない。
さらに別の話をすると、昔観たテレビのトーク番組で、千原ジュニアが、当時関西で売れっ子だった自分が、無名である東京に進出した時、その東京のテレビ番組で関西と同じような芸風で番組に出演して、滑り倒したというようなことを言っていた。全く知らない人の前でいきなり関西と同じような笑いを提供しても、東京の人にとってはただ不信感しか抱かないということであった。
つまり、ある程度の情報開示によって、人間関係は円滑にいくこともあるのかもしれないということだ。
ただ、このような場合もある。
いつかのラジオ、NACK5(ナックファイブ)の「HITS! THE TOWN」パーソナリティ・バカボン鬼塚が、「子供の頃セミを触れていたのに、大人になると触れなくなる」というような旨の話をしていて、この話も今回の記事の話と原理的には同じではないかと思った。
子供の時は真っ新な気持ちで、純真無垢な気持ちでセミを触る。それが大人になると、色々なセミの情報を知ってしまい、またセミだけではなく、人生において色々な経験をし、色々な情報を装備してしまっている。その上でセミを触ろうとすると、その蓄積された情報が邪魔をし、セミを拒絶しようとする。
つまり、情報開示も善し悪しだということだ。
だから臨機応変に、少し、以上のことを頭の片隅に置いておいて、日常を送ってみるのもいいと思った。

了です。